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神戸地方裁判所 平成11年(ワ)922号 判決

原告

橋本素明

被告

依藤美智子

ほか一名

主文

一  被告依藤美智子は原告に対し、金二八八四万二四七六円及びこれに対する平成六年五月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告千代田火災海上保険株式会社は原告に対し、被告依藤美智子に対する本判決が確定したときは、金二八八四万二四七六円及びこれに対する右確定の日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の、その余を被告らの各負担とする。

五  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告依藤美智子(以下「被告依藤」という。)は原告に対し、四三五一万五三五九円及びこれに対する平成六年五月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告千代田火災海上保険株式会社(以下「被告会社」という。)は原告に対し、被告依藤美智子に対する本判決が確定したときは、四三五一万五三五九円及びこれに対する平成六年五月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、後記の交通事故によって負傷した原告が被告依藤に対し、自動車損害賠償保障法三条あるいは民法七〇九条に基づき損害の賠償を求め、被告会社に対し、被告依藤が加入していた自動車保険契約に基づき、被告依藤の右損害賠償責任に対する保険金を直接支払うよう求める事案である。

一  前提事実(争いがないか、後掲証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実)

1  交通事故の発生(甲一及び四一。次の事故を以下「本件事故」という。)

(一) 日時 平成六年五月一四日午後一時四〇分頃

(二) 事故現場 兵庫県加東郡滝野町北野五四一の一先国道一七五号線(以下「本件国道」又は「本件事故現場」という。)

(三) 加害車両 被告依藤運転の普通乗用自動車(神戸三三ふ九八四五。以下「被告車」という。)

(四) 被害車両 原告運転の自動二輪車(神戸と四三一一。以下「原告車」という。)

(五) 争いがない範囲での事故態様

原告車及び被告車は、ともに本件国道を南から北に向かって進行中、被告車が本件事故現場において、左折してUターン用道路(以下「本件Uターン用道路」という。)に進入しようとした際、本件国道の左側端を直進走行していた原告車と接触し、その結果原告は転倒した。

2  責任原因

(一) 被告依藤は、加害車両の運行供用者として自動車損害賠償保障法三条の責任があり、また進路変更に当たり左側への安全確認義務違反の過失があるので、民法七〇九条に基づく責任があり、本件事故によって原告が被った損害を賠償する義務がある。

(二) 被告会社は、被告依藤との間で一般自動車保険契約(いわゆるBAPであるが、以下「本件保険契約」という。)を締結していたところ、その中には被告依藤の損害賠償責任の額が確定したときは、被害者は被告会社に対して直接保険金を請求できるとの条項が存在する。

3  原告の受傷及び治療内容

(一) 原告の受傷

原告は、本件事故により、右肩鎖関節脱臼、右肋骨部挫傷、頸部・腰部捻挫等の傷害(以下「本件傷害」という。)を負った。

(二) 原告は、本件傷害の治療のため、次のとおり入、通院した(甲二ないし五の各1及び2)。

(1) 平成六年五月一四日から同月三〇日まで小野市民病院に一七日間入院

(2) 平成六年五月三〇日から同年八月一二日まで信原病院に七五日間入院(一日重複故(1)、(2)の入院日数合計は実質九一日となる。)

(3) 平成六年五月二六日から同月二九日まで信原病院に通院

(4) 平成六年八月一三日から同年一一月三〇日まで信原病院に通院

((3)、(4)の実通院日数九日)

(5) 平成六年八月一七日から平成七年二月二八日まで岡田整形外科に通院(実通院日数一三二日)

(6) 以上、実通院日数合計は一四一日である。

4  後遺障害

原告は、自賠法施行令等級表所定の一二級五号(以下「級・号」のみで表示する。)、一二級一二号、併合一一級の後遺障害の認定を受けた。

5  損益相殺

原告は、本件事故に関し、被告から三二二万二六二一円の支払を受けた。

二  争点

1  本件事故の態様及び過失相殺の要否とその程度(以下「争点1」という。)

2  右点に関する当事者の主張の要旨

(一) 原告

(1) 本件事故の態様

〈1〉 本件国道は、見通しのよい片側二車線で中央分離帯のある道路であり、原告車及び被告車は南から北に向かって進行していたが、本件事故現場手前の交差点の信号が赤色であったので、原告車は走行車線に被告車は追越し車線にそれぞれ先頭で横に並んで停車した。

〈2〉 そして、右信号が青色になったので、両車両とも発進したが、被告車は相当急いだ様子で急発進し、原告車の右前方を走行する形になったが、その際の被告車のスピードは時速約七〇キロメートル程度であった。なお、原告車は、被告車の左後方(本件国道左側端)を進行した。

〈3〉 被告依藤は、走行車線左側にUターン箇所があることを発見すると同時に右後方にあった本屋へ引き返すことを思い付き、左後方の安全確認をせず、左方向指示器を出さずに、それまで走行していた追越し車線から走行車線に車線変更したので、被告車が走行車線を走行中の原告車に急接近することになった。

〈4〉 そこで、衝突の危険を感じた原告は、走行車線の左側キリギリの位置を走行した上、本件Uターン用道路に逃げ込もうとし、本件事故現場においてほぼ停止した直後、被告車が本件Uターン用道路に左折進入してきたため、被告車の左後部ドアと原告車の右ハンドルとが接触し、原告車は被告車に引きずられる形で前方二メートル程進んだ後よろけて転倒した。被告依藤は、この段階に至って初めて原告車を認識した。ところで、被告車の右進路変更から右接触までの時間は、五ないし六秒であった。

〈5〉 なお、原告は、本件Uターン用道路が進行方向手前の植え込みの木の葉や枝に隠れて見えなかったので、その存在に本件事故の直前まで気付かず、高速道路に準ずる本件国道において、原告には結果回避可能性がなかった。

(2) 過失相殺の要否とその程度

右のような事故態様に照らせば、被告依藤には、左後方の安全確認をせず、左方向指示器を出さずに、漫然と車線変更した上、被告車が本件Uターン用道路に左折進入する際も、左後方の安全確認を怠り、また方向指示器による意思表示もしないという著しい過失がある一方、原告車には結果回避可能性がなかったのであるから、本件事故においては過失相殺をすることは許されないというべきである。

仮に、本件事故の発生について、原告に一定の過失があるとしても、被告側はこれまでの原告との示談の過程で、被告車の一〇〇パーセントの過失を前提に交渉を進めていた事情に照らすと、本件訴訟に至って過失相殺の主張するのは、信義則違反又は権利濫用として許されない。

(二) 被告

(1) 本件事故の態様

〈1〉 本件事故現場手前の交差点で原告車と被告車とが横に並んで停車したことはない。

〈2〉 被告車は、本件国道を時速約五〇キロメートルで南から北に向かって進行していたところ、被告依藤はUターンして本屋へ寄ろうと思いつき、追越し車線から走行車線に車線変更をした後、被告車は本件事故現場付近で時速を約一五キロメートルに落として左方向指示器を出した上、本件Uターン用道路に左折進入しようとしたが、その際、被告車の左後方を南から北に向かって時速約五五キロメートルで進行していた原告車は被告車が左折する可能性があるにもかかわらず、直進するものと思い込んで減速することなく、漫然と進行したため、これを発見した被告依藤は直ちにブレーキを掛けたが及ばす、原告車と本件事故現場において衝突してしまったのである。

(2) 過失相殺の要否とその程度

以上のような事故態様に照らすと、原告にも一五パーセントの過失があるというべきであり、本件事故について右割合による過失相殺がなされるべきである。

なお、被告らは原告に対し、原告の人身損害の関係で、被告依藤に一〇〇パーセントの過失があると認めたことはなく、原告が一方的にその旨主張しているに過ぎないのであるから、過失相殺の主張が信義則違反又は権利濫用とはいえない。

3  原告の損害額は幾らか(以下「争点2」という。)

4  右点に関する当事者の主張の要旨

(一) 原告

(1) 休業損害 一一五五万円

〈1〉 原告は、段ボールケースの製造・販売を業とする橋本段ボール工業株式会社(以下「勤務先」という。)の専務取締役ではあるが、小企業故に原告が受注から現場での生産、配達、集金、営業等全てを担当し、本件事故前は実質月額五五万円の給料を得ていたが、これは全て労働対価であるところ、本件事故により七か月間は全く仕事ができず、その後症状固定(平成九年四月一二日である。)までの二八か月間は五〇パーセントしか働けなかった。

〈2〉 なお、原告は一応職場に復帰した平成七年から九年までの間、月額五〇万円の給料を得ていたが、これは勤務先が原告の親族会社であるため、原告の生活補償として、その半分は原告及び勤務先間の消費貸借契約に基づいて支払われていたもので、本件訴訟において原告が賠償を得たときには勤務先に右半分相当分を返還することになっているものである(以下「本件返還合意」という。)。

〈3〉 また、勤務先は本来的な意味での利益配当の実績のない会社であるから、原告が勤務先の株主であっても、その給料は全額労働の対価とみるべきである。

〈4〉 よって、原告の休業損害は、次の計算のとおり一一五五万円となる。

五五万円×(七月+二八月×〇・五)=一一五五万円

(2) 入通院慰謝料 二五〇万円

(3) 逸失利益 二五九六万九六八〇円

〈1〉 原告の本件事故による後遺障害(右鎖骨の著しい変形と右肩可動域制限及び筋力低下並びに右肩関節に頑固な神経症状の残存で併合一一級、以下「本件後遺障害」という。)によって、原告はその仕事の主要な部分である肉体労働(印刷工程、製函工程、結束工程など)が不可能あるいは制限された上、本件事故による頸椎の疼痛が継続していること、及び精神的なストレスから抑うつ症も発症していることからすると、その労働能力喪失率は少なくとも三〇パーセントを下らない。

〈2〉 しかも、原告は原告の父である橋本弘(以下「弘」という。)が従事する農業を、本件事故以前には無償で手伝っていたが、本件後遺障害によって右農作業も全くできなくなった。

〈3〉 また、この労働能力の喪失は、一生残存し続ける性質のものであるから、就労可能年限まで継続すると考えられる。

〈4〉 なお、原告は症状固定時である平成九年四月一二日当時四八歳であって、就労可能年数一九年に対応する新ホフマン係数は一三・一一六である。

〈5〉 そして、本件事故前の原告の収入は月額五五万円である。

〈6〉 よって、原告の逸失利益は、次の計算のとおり二五九六万九六八〇円となる。

五五万円×一二月×〇・三×一三・一一六=二五九六万九六八〇円

(4) 後遺障害慰謝料 三六〇万円

(5) 入院雑費 一一万八三〇〇円

入院日数九一日に日額入院雑費一三〇〇円を乗じたものである。

(6) 弁護士費用 三〇〇万円

(7) 以上合計 四六七三万七九八〇円

(8) 損益相殺による修正 四三五一万五三五九円

原告の損害は、右の四六七三万七九八〇円より前提事実5の損益相殺額(三二二万二六二一円)を差し引いた四三五一万五三五九円となる。

(二) 被告

(1) 休業損害

〈1〉 原告は、本件事故後、平成六年一〇月と一一月には従前の給料の半分の支給を受けており、その後は職場に復帰し、毎年六〇〇万円の給料を受領しているので、原告の休業損害は、実際に仕事を休んだ平成六年分しか認められない。

〈2〉 また、原告の従前の給料に含まれているはずの利益配当部分や情誼的交付部分については労働の対価とはいえないから、その全額を休業損害とすることは認められない。

〈3〉 本件返還合意があったとは認められない。

(2) 本件後遺障害あるいは逸失利益

〈1〉 本件後遺障害の後遺障害等級は、当初は平成七年一二月二日を症状固定日として、一二級五号の認定を受けたが、原告の異議申立の際、平成九年四月一二日を症状固定日とする診断書を新たに取得・提出し、その結果、右肩関節について頑固な神経症状を残すもの(一二級一二号)と認定され、従前の申請で認定を受けた右鎖骨の変形(一二級五号)と併せて併合一一級の適用を受けたものである。

〈2〉 以上のような認定過程に照らすと、その後遺障害を一一級として逸失利益の算定をするのは妥当でない。

〈3〉 原告は、本件後遺障害によって、一定の労働能力を喪失したとはいえ、その程度は実質的には一二級相当なのであり、原告の仕事内容を加味したとしても、労働能力喪失率を三〇パーセントとするのは過大であり、また、その喪失期間を六七歳までとするのは、原告の仕事内容からすれば長過ぎるというべきである。

〈4〉 原告が農業に従事できなくなったという点については、そもそも弘に生じた損害ということはできても原告の損害に含めることはできない。

5  本件保険契約(いわゆるBAP)は、遅延損害金の支払まで被告会社に義務づけるか否か(以下「争点3」という。)

6  右点に関する当事者の主張の要旨

(一) 原告

(1) BAP約款には、SAP約款第一章一三条二項三号の「訴訟の判決による遅延損害金の支払いについて」の条項がないが、右条項は遅延損害金が保険金額を超えた場合に初めて適用を受けるものと考えるべきであり、保険金額の枠内では、遅延損害金は「被保険者が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額」(BAP約款第一章九条)として支払われるものである。

(2) 実質的に考えても、保険会社の対応によって、事故の解決時期が大きく左右されるのであるから、解決時期が遅れたことによって賠償責任が被保険者に生じるのは不合理である。

(3) 従って、BAP約款においても被告会社は遅延損害金を支払う義務を負うものと解すべきであり、本件保険契約の保険金額は一億円であるから、その範囲で被告会社は遅延損害金を支払うべきである。

(二) 被告

(1) 遅延損害金は、損害賠償債務の履行遅滞に伴って生じるものであり、損害賠償責任の額そのものということはできないから、これを「被保険者が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額」(BAP約款第一章九条)に含めることは不可能である。

(2) PAP(自動車総合保険)は、BAPでは訴訟の判決による遅延損害金は担保されないという不都合を回避するために、その約款において遅延損害金も担保することにされたものであり、SAP(自家用自動車総合保険)にもそれが引き継がれているのである。

(3) 以上の沿革からすれば、被告会社に遅延損害金までの支払義務はないとの解釈が支持されるべきである。

第三争点に対する判断

一  争点1(本件事故の態様及び過失相殺の要否とその程度)について

1  事実認定

前提事実1と証拠(甲四〇ないし四二、乙三、四、原告本人及び被告本人)並びに弁論の全趣旨によると、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一) 本件国道は、見通しのよい片側二車線で中央分離帯のある道路であるところ、本件事故直前頃、交通量は極めて少なく、原告車は走行車線を、被告車は追越し車線を走行し、ともに南から北に向かって進行していた。

(二) ところで、本件事故現場は、本件Uターン用道路の入口付近であった。

(三) 本件事故現場付近に、本件Uターン用道路があることは、地元の人間又は本件国道を頻繁に通行する者には周知の事実であり、本件Uターン用道路入口手前にはその先に本件Uターン用道路があることを知らせる表示があったところ、被告依藤は本件Uターン用道路があることを知っていたのに対し、原告はめったに本件国道を通らず、かつ、本件事故当時、右表示が道路脇の木の茂みに隠れて見えにくかったので、原告は本件Uターン用道路の存在に気が付かなかった。

(四) 被告依藤は、被告車を運転して、本件国道の追越し車線を南から北に向かって、時速約六〇キロメートルで進行していたところ、本屋に行こうと思い立ち、本件Uターン用道路を通ってUターンをするため、走行車線に車線変更をしたが、その際左方向指示器を出さなかった。

(五) 原告は、原告車を運転して、本件国道の走行車線を南から北に向かって、時速約五五キロメートルで、当初被告車の左後方五〇メートル程に後続して進行していたところ、被告車が右車線変更を完了した時点では、その車間は約二〇ないし三〇メートルに縮まっていた。

(六) 被告車は、車線変更に続いて、本件事故現場手前約二〇ないし三〇メートルに迫ってから本件Uターン用道路に左折進入すべく減速したため、後続の原告車との車間は更に縮まった。

(七) また、被告依藤は、右の左折進入に際し、左方向指示器を左折直前に出したので、原告はこれに気が付かないまま本件事故に至った。

更に、被告車左側端と道路側端との間には、約二・四メートルの間隔(但し、約一・三メートルの路側帯を含む。)があったにもかかわらず、被告依藤は右の左折進入に際し、進行車線の左側に十分に寄らずに左折を開始した。

(八) 原告は、被告車が合図なしに車線変更をしたのを見た後、被告車が走行車線を直進するものと思い込み、被告車の減速にもかかわらず直ぐには減速しなかったが、被告車が減速を続け、その車間が急速に縮まり、衝突の危険を感じてからは、若干ブレーキを掛けながら走行車線の左側の路側帯を走行したが、被告車が走行車線の左側に寄り原告車に迫ってきたので、本件Uターン用道路に逃げ込もうとしたが、被告車が左折を開始し、原告車の前を塞ぐ形になったので、原告は急ブレーキを掛けるとともに、本件Uターン用道路に逃げ込み、本件事故現場においてほぼ停止した頃、左折進入した被告車の左後部ドアと原告車の右ハンドルとが接触し、原告車は被告車に引きずられる形で前方二メートル程進んだ後よろけて、原告、原告車とも転倒した。

(九) ところで、被告依藤は、右の車線変更及び本件Uターン用道路への左折進入に際し、左後方の安全確認を十分にせず、その結果本件事故に至って初めて原告車の存在に気が付いた。

(一〇) なお、被告車の右車線変更から本件事故までの時間は、数秒程度であった。

2  判断

以上認定の事実により、次のとおり判断する。

(一) 本件事故の態様

本件事故の態様は、被告依藤運転の被告車(普通乗用自動車)が見通しのよい片側二車線の本件国道の追越し車線から走行車線に車線変更した際及び本件Uターン用道路に左折進入する際、ともに左後方を十分に確認せず、また、後続車に余裕を持って事前の合図をせず、漫然と車線変更し、かつ左折したため、被告車の左後方を直進していた原告車(自動二輪車)が被告車に巻込まれる形で被告車に接触し、その結果原告が原告車もろとも転倒したというものである。

(二) 過失相殺の要否とその程度

(1) 被告依藤は、車線変更及び左折に際し、左後方の安全を十分に確認し、また、予め左方向指示器を出して後続車にその旨の意思を伝え、更に左折に際して道路の左側に車両を寄せる注意義務がそれぞれあるのに、これを怠り、右確認をせず(因みに、被告依藤は本件事故まで原告の存在に全く気が付かなかった。)、右意思を伝えず、右車両寄せをしなかった過失により本件事故が発生したものであるから、その過失の程度は重大である。

(2) 他方、原告は、被告車が合図もなしに車線変更をしたのであるから、原告の存在に気が付いていないか、あるいは被告車が思いがけない行動をとることもある程度予測して然るべきところ、被告車が直進するものと軽信し、また被告車の減速に即座に対応して自らも減速し、あるいは警笛を鳴らすなどの措置をとらず(被告車の減速に際しては、被告車のブレーキランプが点灯することから、容易にそれを察知できるものといえる。)、自らの減速のタイミングを遅らせたことにより、一定時期以後はどうすることもできない状態に陥り、本件事故が発生したのであるから、原告にも右の判断ミスがあるものといわざるをえない。

(3) 以上の諸事情を総合すると、原告、被告依藤双方の過失が相俟って本件事故が発生したものというべきであり、本件には過失相殺の適用があり、双方の過失割合は原告において一割、被告依藤において九割と認めるのが相当である。

(4) なお、仮に被告らが原告との示談交渉の過程において、被告依藤に一〇〇パーセントの過失があることを前提に交渉していたとしても、煩わしさを避けるため、示談した方が遅延損害金との関係で結局は被告らにとって得策であるとの判断に基づいて過失割合の譲歩をすることはままありうることであり、示談交渉の一項目だけをとりだしてそこに信義則違反とか権利濫用を持出すのは相当ではないものというべきである。換言すると、要は、損害賠償額が幾らになるかがポイントであって、休業損害等について被告らの提案をのんでくれるのなら、過失割合は譲歩しましょうというのが被告らの意思であったものと推測され、互いに関連するある一点のみをとりだしてそこに信義則違反とか権利濫用を持出すのは相当ではないものというべきである。

よって、この点に関する原告の主張は、採用できない。

二  争点2(原告の損害額は幾らか)について

1  休業損害 一一五五万円

(一) 事実認定

前提事実3、4と、証拠(甲六ないし一六、一八ないし二一、三四、三五、四二、四三、四四の1ないし10、四五ないし五一、乙一及び原告本人)並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 前提事実3、4と同じ。

(2) 原告は、本件事故により右鎖骨に付いている四本の靭帯のうち三本までが断裂したので、信原病院で受傷した右鎖骨に別の筋肉を付けて、靭帯の代わりをさせた上、右鎖骨を一センチメートル程切断し、筋肉が付いた骨を移植し、それが定着するまでボルトで固定する手術をし、平成七年三月にそのボルトを抜いた。

(3) 原告は、勤務先の株主兼専務取締役であり(なお、原告は勤務先の代表者である弘の娘婿である。)、本件事故以前には月額五五万円の給料を得ていたが、本件事故後平成六年一〇月二〇日までは本件受傷により全く働けなかったので、給料は全く支払われておらず、また同月二一日から一応職場に復帰したが、従前できていた力仕事ができなくなったので、給料が二七万五〇〇〇円に半減し、平成七年一月からは月額五〇万円の給料が支払われるようになったが、これは原告の労働の対価というより原告の生活を補償する意味合いの支給であり、本件訴訟で賠償金が得られたときは平成七年一月以降分について本件返還合意に基づいて原告から勤務先に月額二五万円相当を返還することになっている。

(4) 原告の勤務先における仕事の内容は、印刷工程、製函工程、結束工程などの肉体労働が中心であったが、営業、配達や集金、コンピューター処理等の業務もあったところ、原告の従前の月額五五万円の給料は右各労働に対する報酬であり、原告は右職場復帰以後は肉体労働に従事することは殆どできず、それ以外の業務を担当することになった。

(5) 勤務先は、同族会社であり、今まで株主に利益配当をした実績はなかった。なお、平成七年に形式上利益配当をした形にはなっているが、これは勤務先の資本金が三〇〇万円から一〇〇〇万円に増額した際の便宜的措置であり、利益配当の実質を有するものではなかった。

(6) 原告の症状は、平成九年四月一二日に固定したところ、一二級五号、一二級一二号、併合一一級の後遺障害の認定を受けた。

(二) 判断

以上認定の事実に基づき、次のとおり判断する。

(1) 休業損害算定の基礎とすべき金額

勤務先は、今まで株主に実質的には一度も利益配当をした実績はなかったのであるから、原告の本件事故前の月額五五万円の給料は、労働の対価であるものと認められる。

もっとも、勤務先は同族会社であるから、給料に情誼的な交付部分を含むとする余地がないでもないが、その算定は容易ではないし、原告の本件事故前の年収六六〇万円は原告の大学卒年齢の賃金センサスと比較しても、これを下回るなど決して高額とはいえないのであるから、月額五五万円全額を休業損害算定の基礎とすべきである(原告本人二五項によると、原告は大学卒であることが認められる。)。

(2) 勤務先から原告に本件事故後支払われた金銭の法的性質

原告は、勤務先から平成六年一〇月頃及び一一月頃には二七万五〇〇〇円、平成七年以降は年六〇〇万円の支給を受けているが、これが給料名目で支払われたことは証拠上明らかであるところ、被告らは本件返還合意があったとは認められないと主張するので、この点について検討する。

本件返還合意を裏付ける証拠として、甲三五(原告と勤務先との間の平成一一年作成の確認書)が存在するが、これは本件訴訟後作成されたものであり、その証拠価値は低く、これのみでは本件返還合意を認めるに足りないが、原告本人三〇、三一項及び弁論の全趣旨によると、本件返還合意は平成七年一月頃原告と勤務先との間で口頭によりなされ、本件訴訟対策として本件訴訟後の平成一一年に甲三五のとおり書面化したものと認められるので、本件返還合意の存在は認められる。

(3) 以上により、原告の休業損害を計算すると次のとおり一一五五万円となる。

〈1〉 休業期間と労働能力について

ア 本件事故日(平成六年五月一四日)から平成六年一〇月二〇日までの五か月と七日間は、全く働けなかったのであるから、その間の休業損害は次のとおり二八七万八三三三円となる。

(五五万円×五月)+(五五万円×七日÷三〇日)=二八七万八三三三円(円未満切捨)

イ 平成六年一〇月二一日から同年一二月三一日までの二か月と一一日間は、従前の半分程度しか働けず、その間従前の半分の月額二七万五〇〇〇円の割合による給料しか支給されなかったのであるから、その間の休業損害は次のとおり六五万〇八三三円となる(なお、証拠上平成六年一二月二一日から同月三一日までの一一日間の給料については、不明であるが、弁論の全趣旨により右のとおり認める。)。

{(五五万円×二月)+(五五万円×一一日÷三〇日)}÷二=六五万〇八三三円(円未満切捨)

ウ 平成七年一月一日から平成九年四月一二日(症状固定日)までの二七か月と一二日間は、従前の半分程度しか働けず、その間実質的には月額二五万円の給料しか支給されなかったのであるから(本件返還合意により月額五〇万円の半分の二五万円を勤務先に返還することになっている。)、その間の休業損害は次のとおり八二二万円となる

(五五万円×二七月)+(五五万円×一二日÷三〇日)=一五〇七万円(支給されるべき金額)

(二五万円×二七月)+(二五万円×一二日÷三〇日)=六八五万円(支給された金額)

一五〇七万円-六八五万円=八二二万円

〈2〉 ア、イ、ウの合計は、一一七四万九一六六円となるところ、原告は休業損害として、一一五五万円の支払を求めているので、一一五五万円の限度で認めることとする。

2  入通院慰謝料 二四〇万円

(一) 原告の入通院の実態は、前認定のとおりである。

(二) 前認定の原告の入通院の実態、その他本件に現れた一切の事情を総合勘案すると、原告の入通院慰謝料は二四〇万円と認めるのが相当である。

3  逸失利益 一五五八万一八〇八円

(一) 事実認定

以上認定の事実と、証拠(甲六ないし九、三四及び原告本人)並びに弁論の全趣旨によると、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 本件事故に起因する本件傷害により、原告は平成七年一二月二日を症状固定日とする岡田整形外科が作成した自賠責保険後遺障害診断書に基づき、後遺障害認定を申請し、右鎖骨の著しい変形で一二級五号の認定を受けたところ、右肩可動域制限及び筋力低下も見られたが、その分は後遺障害として認定されなかった。

(2) そこで、原告は右認定に異議を申立て、平成九年四月一二日を症状固定日とする信原病院作成の自賠責保険後遺障害診断書に基づいて、先に認定された後遺障害に加えて、右肩関節に頑固な神経症状を残すもの(一二級一二号)との認定を受け、結局併合一一級の認定を受けた。

(3) 原告の勤務先における仕事内容は、印刷工程、製函工程、結束工程などの肉体労働が中心であったが、営業、配達や集金、コンピューター処理等の業務もあったところ、本件事故により従前どおりの業務をこなすことができなくなり、職場復帰以後は肉体労働に従事することは殆どできず、それ以外の業務を担当することになった。

(4) 原告は、勤務先の専務取締役であり、代表者の娘婿であるから、その勤務の仕方については多少の無理が利く。

(5) 原告は、右症状固定の診断を受けた平成九年四月一二日当時、四八才であった。

(二) 判断

(1) 逸失利益算定の基礎とすべき金額は、休業損害の項で認定したとおり月額五五万円と認めるのが相当である。

(2) 原告の右鎖骨の著しい変形(一二級五号)等は、原告の従前の仕事のうち肉体労働に対しては支障を来すものと認められるものの、それ以外の営業や集金、コンピューター処理等にはさほど影響はないものと認められ、また、勤務形態を原告の体に合ったものにシフトしてもらうことにより、原告の労働能力を十分に生かせる余地もあるものと考えられる。

(3) 以上認定の諸事情(原告の仕事内容や後遺障害認定過程等を含む。)を総合勘案すると、原告の労働能力喪失率は、一二級所定の一四パーセントと一一級所定の二〇パーセントの概ね中間の一八パーセントと認めるのが相当である。

(4) 原告は、右症状固定当時四八才であり、勤務先が原告の親族会社であること、本件後遺障害は右鎖骨の著しい変形及びこれに起因したものであり、右変形は器質的なものであるから、本件後遺障害は終生残存するものと思われることに照らすと、原告は六七才まで一九年間就労可能であり、その間、その労働能力の一八パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。

(5) そこで、原告の逸失利益を計算すると、次のとおり一五五八万一八〇八円となる。

五五万円×一二月×〇・一八×一三・一一六(就労可能年数一九年間に対応する新ホフマン係数)=一五五八万一八〇八円

(6) 農作業について

本件事故により、原告が弘の従事する農業を手伝えなくなり、弘において臨時雇人費の支出を余儀なくされたことは証拠上認定できるが、これについては原告自身の休業損害又は逸失利益というよりも弘の間接損害というべきであり、本件においては考慮しない。

4  後遺障害慰謝料 三二〇万円

以上認定のとおり、原告には併合一一級相当の本件後遺障害が残存していること、本件後遺障害は右鎖骨の著しい変形及びこれに起因したものであり、右変形は器質的なものであるから、本件後遺障害は終生残存するものと思われること、原告は本件事故後、頸椎の疼痛にも悩まされたり抑うつ症にまでなっていること(甲六、八及び三九)、その他本件に現れた一切の事情を総合勘案すると、原告の後遺障害慰謝料は三二〇万円と認めるのが相当である。

5  入院雑費 一一万八三〇〇円

(一) 前提事実3のとおり原告は本件傷害の治療のため実質九一日間入院した。

(二) 日額入院雑費は一三〇〇円と認めるのが相当であるところ、右の入院日数九一日に右の一三〇〇円を乗じると、原告の入院雑費相当の損害は一一万八三〇〇円となる。

6  以上合計は、三二八五万〇一〇八円となる。

7  過失相殺による修正 二九五六万五〇九七円

右の三二八五万〇一〇八円に九割(前認定のとおり過失相殺率は原告一割、被告依藤九割である。)を乗じると、二九五六万五〇九七円となる。

8  損益相殺による修正 二六三四万二四七六円

右の二九五六万五〇九七円より前提事実5の損益相殺対象額である三二二万二六二一円を差し引くと二六三四万二四七六円となる。

9  弁護士費用相当の損害の加算 二五〇万円

原告が原告訴訟代理人弁護士らに本件訴訟の提起、遂行を委任したことは当裁判所に明らかであるところ、本件訴訟の難易度、右8の認容額その他本件に現れた一切の事情を総合勘案すると、被告らに負担させるべき弁護士費用相当の損害は二五〇万円と認めるのが相当である。

10  まとめ

そうすると、原告の損害は、右の二六三四万二四七六円に右の二五〇万円を加算した二八八四万二四七六円となる。

三  争点3(本件保険契約、即ちBAPは遅延損害金の支払まで被告会社に義務づけるか否か)について

1  文理解釈又は文言上の理由

遅延損害金は、損害賠償債務の履行遅滞に伴って生じるものであり、損害賠償責任の額そのものということはできないから、これを「被保険者が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額」(乙八のBAP約款第一章九条)に含めることは、文言上無理がある。

2  沿革上の理由

また、PAP(自動車総合保険)は、BAPでは訴訟の判決による遅延損害金は担保されないという不都合を回避するために、その約款第一章一一条二項三号(乙九)において遅延損害金も担保することにされたものであり、SAP(自家用自動車総合保険)約款第一章一三条二項三号(乙一〇)にもそれが引き継がれているのである。

3  実質上の理由

弁論の全趣旨によると、他の諸条件が同一の場合、BAPの保険料よりもPAP、SAPの保険料の方が高いことが認められる。

4  以上の文理解釈又は文言上の理由、沿革上の理由及び実質上の理由に照らすと、本件保険契約(BAP)上、被告会社に遅延損害金までの支払義務はないものというべきである。

なお、原告の主張するように、実質的に考えれば保険会社の対応によって、事故の解決時期が大きく左右されるのであるから、解決時期が遅れたことによってその分の負担増が被保険者に生じるのは不合理と考える余地もあるが、もともとBAPにはPAP、SAPには付いている「示談交渉代行サービス」がない以上(乙八ないし一〇)、BAPはあくまで被保険者自らが示談交渉等を行うという建前で締結される保険契約類型ということができるので、BAPでは解決が遅れた場合の遅延損害金を被保険者が支払うことになっても致し方ないものというべきである。

四  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、被告依藤に対し、右の二八八四万二四七六円、被告会社に対し、原告の被告依藤に対する本判決の確定を条件に二八八四万二四七六円及び右各金員に対して、被告依藤については本件事故日の翌日である平成六年五月一五日から、被告会社については原告の被告依藤に対する本判決が確定した日の翌日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるから、右限度でこれを認容し、原告のその余の請求は理由がないから、いずれもこれを棄却することとする。

(裁判官 片岡勝行)

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